Memory of Cogwheel


遠い遠い、気が遠くなるほど昔。
この世界がまだ理想郷と呼ばれ、宇宙を統べる女王が大地を暖かく見守り世界が平和と幸福に
あふれていた時代の話。
人々は天上に住まうといわれる女王へ、日々の幸福を感謝し祈りを捧げ、女王はそれに応える
ようにこの大地へ恵みの光をもたらし、地上は永続的な幸せに包まれていた。

空の上、誰も知らない場所にそれはある。
暖かな光。穏やかな風。緑豊かな大地に咲き乱れる色とりどりの花達。美しい自然に囲まれた空間の
中心に、陽の光に照らされて建つ純白の小さな神殿があった。
その神殿の最奥、閉ざされた大きな扉の中にある祈りの間と呼ばれる部屋の中心で、一人の少女が
床に膝をつき祈りを捧げている。
目を瞑り祈る少女の身体からは眩いばかりの光が溢れ出し、その輝きは背中から大きな翼のように
広がり、部屋中へ、神殿の外へ、そしてその先にある広大な宇宙へと降り注いでいく。

「…ふぅっ」

光が止み、組んでいた手を下ろすと、少女はゆっくりと立ち上がった。
緩やかな波を描く水色の髪と、大きなエメラルドの瞳。空色のドレスを身に纏った姿は美しく、
だがその表情は、まだ女性と言うには少し早い、あどけなさの残ったもの。

「今日のお祈りも無事終了ね。」

まだ光の粒子が舞う部屋を一瞥し満足そうに微笑を浮かべると、少女はドレスを翻し、部屋の外へと
向かっていった。

繊細な細工が施された柱の立つ廊下を抜け、神殿の外へ出る。
眼前に広がる花と緑は先ほどの光を受け、その色を更に濃くしている。
少女は神殿の軒先に腰を下ろすと、手頃な花に顔を近づけ、その甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

「いい香り…」

ほんの小さな幸せに喜びを感じ、少女は空を見上げる。透き通った空はどこまでも青く、暖かな日差しは
彼女を優しく照らし出す。

ここは人々が暮らす世界の上空、遙か遠い宇宙に存在し、女王と呼ばれる少女がただ一人地上のために
祈りを捧げる場所。緩やかな時が流れるこの場所で、彼女は毎日、愛する地上へと慈愛の光を送っていた。

そよぐ風の中、木々の触れ合う心地よい音に耳を傾けていると、遠くから土の擦れる音が聞こえてくる。
背中越しに段々と近づいてくる足音を確認し、少女が後ろを振り返ると、そこには見慣れた姿の
大きな男が立っていた。

「女王、もう祈りは終わったのか」

頭上から響く低音の声に、女王は顔をほころばせ声の主を見上げる。

「えぇ。今日も世界は安定しているわ」

「そうか」

はにかみながら笑う少女につられ、男は薄く微笑みを浮かべると、そっと手を差し伸べた。
その大きな手を取り、少女はゆっくりと立ち上がる。

女王が住まい祈りを捧げる尊き場所。他の何人も入ることができないこの聖地に、唯一、
その存在を許され、女王の傍らに仕えるものがいた。

「さぁ、そろそろお茶にしましょう。今日は私が淹れるわね。
 テラスに食器を運ぶから手伝ってもらってもいいかしら?ジェット。」

「─あぁ、了解した」


黒い短い髪と、ダークレッドの瞳。大きな身体をもつ、人によく似た形をした、機械人形──。

その名を、ジャスパー・ドール 「ジェット」 といった。






2009年6月発行のコピー本再録+その続きを追記したものです。
ジェイドとジェットの過去設定を捏造しています。※オリジナル設定が苦手な方はご注意ください

過去の女王とジェット、そしてジェイドの物語を書いた前編(再録)と、
その後、永い刻を経てネオアンジェの時代で再会した2人とアンジェを
書いた後編の2部構成です(ジェット中心の話になっています)

A5オフセット P68 \500-